東京地方裁判所 昭和47年(モ)16715号 判決 1973年4月10日
債権者 花井カヨ子
右訴訟代理人弁護士 望月邦夫
債務者 尾崎恵美子
<ほか二名>
右債務者三名訴訟代理人弁護士 下光軍二
金住典子
主文
当裁判所が昭和四七年(ヨ)第五四九〇号債権仮処分申請事件についてした仮処分決定は取り消す。
債権者の本件仮処分申請は却下する。
訴訟費用は債権者の負担とする。
本判決は第一項にかぎり仮りに執行することができる。
事実
債権者訴訟代理人は、主文第一項掲記の仮処分決定を認可する旨の判決を求め、その理由として、次のとおり述べた。
「一 申請外尾崎育子は、看護婦として、昭和三一年一月一六日以降東京都立大塚病院に、次いで昭和三五年五月一日以降東京都立豊島病院に勤務していたものであるが、昭和四七年四月一〇日、死亡して退職したことにより、東京都に対し、退職手当金二〇〇万円の支払請求権を取得した。
二 ところで、右尾崎育子は、その生前の昭和四七年三月三〇日、公正証書により、その全財産を債権者に遺贈する旨の遺言をしていたので、債権者は、昭和四七年四月一〇日、右尾崎育子の死亡に伴い、東京都に対する右退職手当金支払請求権を取得するに至った。
三 しかるに、右尾崎育子の姉である債務者尾崎恵美子、その兄である債務者尾崎義一、その妹である債務者尾崎照子は、同人らが右尾崎育子の遺族として右退職手当金支払請求権を取得したものであると主張して、東京都に対し、右退職手当金の支払を請求中である。
四 そこで、債権者は、東京地方裁判所に、債務者らが右退職手当金支払請求権の取立、譲渡、質入などをすることの禁止等を求める仮処分を申請したところ(東京地方裁判所昭和四七年(ヨ)第五四九〇号仮処分申請事件)、同裁判所は、昭和四七年九月一日、その旨の仮処分決定をしたが、右仮処分決定は相当であるから、これを認可する旨の判決を求める次第である。
五 なお、職員の退職手当に関する東京都条例三条および四条の規定は、死亡退職者の遺言により、その適用を排除しうるものである。」
債務者ら訴訟代理人は、主文第一項および第二項と同旨の判決を求め、答弁として、次のとおり述べた。
「一 職員の退職手当に関する東京都条例三条が、『退職手当は、職員が退職した場合に、その者(死亡による退職の場合には、その遺族)に支給する。』と規定しており、さらに、同条例四条が、右三条にいう遺族の範囲および順位を規定しているところからすれば、東京都職員が死亡して退職した場合における東京都に対する退職手当金支払請求権は、死亡退職者の遺族について直接に発生するその固有の権利であって、死亡退職者の相続財産に含まれる権利ではないと解すべきである。したがって、申請外尾崎育子が死亡して退職したことによる東京都に対する退職手当金支払請求権は、その遺族である債務者らに発生するその固有の権利であって、右尾崎育子が遺贈によって処分しうる財産の中には含まれないものというべきである。
二 なお、右条例三条および四条の規定は、死亡退職者の遺言により、その適用を排除しうる性質のものではない。」
理由
民法九六四条および九九六条によれば、遺言者は、原則として、その死亡時においてその相続財産に含まれる権利にかぎり、これを有効に遺贈しうるものにすぎないところ、職員の退職手当に関する東京都条例三条および四条の規定によれば、東京都職員が死亡して退職した場合における東京都に対する退職手当金支払請求権は、死亡退職者の遺族につき直接に発生するその固有の権利であって、死亡退職者の相続財産には含まれないものと解するのが相当である。そして、東京都職員がその遺言により民法および東京都条例の右各規定の適用を排除しうるという理由は全く考えられないし、また、遺言者がなしたその全財産を特定人に遺贈するという意思表示はその遺言者の相続財産に含まれる財産にかぎりこれを全部特定人に遺贈するという趣旨にすぎないと解するのが相当である。したがって、申請外尾崎育子がその生前に債権者の主張するような内容の遺贈をしていたとしても、右尾崎育子が死亡して退職したことによる東京都に対する退職手当金支払請求権は、その遺贈の目的たる財産には含まれないものと解すべきである。
してみれば、債権者の本件仮処分申請は、その余の点について判断するまでもなく、失当であるから、これを認容した主文第一項掲記の仮処分決定を取り消したうえ、右申請を却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 奥村長生)